ヒロミ接骨院 | 岐阜県可児市広見の接骨院「ヒロミ接骨院」

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魂と宇宙意識とわたし ~ アナログ人間の感覚ノート⑧~ウルム氷期以降に息づいた、カラ族・クル族・白山王朝の記憶~

※本稿はあくまで筆者の空想に基づくフィクションです。

事実ではないと感じる方は、物語としてお楽しみ下さい。
ただし、私にとっては深い確信をもって「真実」と感じている世界観でもあります。

                                                       〇ウルム氷期以降の縄文文明と、カラ族・クル族・白山王朝の系譜

縄文時代は「日本だけの時代区分」と見なされがちですが、実際にはウルム氷期以降、地球全体で人と自然が深く調和した暮らしや、精霊や大地とつながる精神文化が広がってました。

ある意味、当時の地球全体が“縄文的な世界観”に包まれていたと言っても過言ではありません。

                                                             そして、そのような精神性を体現し、地球各地で自然や宇宙とのつながりを大切にした、縄文的な暮らしを営んでいたのが、クル族とカラ族でした。

クル族は主に日本列島を拠点とし、アジア大陸や北米にも足跡を残した一方で、カラ族は南米やシュメール、さらには広範囲に分布していたと考えられています。

                                                                 そのルーツをたどれば、ムー大陸やアトランティス大陸の住人へとつながり、さらに遡れば、他の惑星からやってきた植民者であったとも言われます。

大まかに分類すると、カラ族は金星系、クル族は土星系と考えられています。

このクル族の流れを汲み、日本列島に深く根を下ろしたのが白山王朝です。

                                                                   さらに、この白山王朝は、日本だけにとどまらず、シルクロード北ルートから日本列島にかけて広がり、広大な霊的ネットワークの中心でもあったのです。

地図上で見てもユーラシア大陸から極東までの広大な地域に広がっていたと考えられます。

                                                                                           〇白山王朝=ウガヤフキアエズ朝

今の天皇朝の前に存在していた王朝こそが、この白山王朝=ウガヤフキアエズ朝であったとされております。

それは、書物や学問で得る知識とは異なり、魂が過去の人生や輪廻の中で体験してきた記憶や感情の蓄積だと考えられます。

そうした記憶は、普段は意識されなくても、直感や感受性を通じてふと蘇る事があります。

理屈では説明できんのに、なぜか深く心に響きます。

現代の歴史観ではウガヤフキアエズは神武天皇の父とされる一人の人物に過ぎませんが、『ホツマツタエ』『竹内文書』などによれば、実際には72代数千年にわたる王統を象徴する存在とされております。

                                                       この白山王朝を支えていたのが、クル族と呼ばれる人々です。

白山王朝の中心に祀られていた女神・白山菊理姫(はくさんくくりひめ)の名にある「ククリ」は、クル族「ククル」に由来するものではないかと考えられています。

このククルとは、宇宙の母性原理を象徴する存在であり、まさにその精神性ゆえに、菊理姫は白山王朝の姫神として深く敬われていたのです。

〇魂の質、古代語で「チ」これを霊統と呼ぶ。

また、こうした古代王朝では、肉体的な血統よりも「魂の質」が重視されていました。
霊的に進化した彼らは、それを古代語で「チ」と呼び、血縁ではなく魂の系譜=すなわち霊統を継承していたのです。
魂が生まれ変わりながら連続性を保つことを見抜いて、この霊統の流れを「チスジ(霊の筋)」と呼んでいたとされます。

                                                                    しかし、後の時代になると、「チスジ」「血筋(血統)」と誤って理解され、肉体的な家系や血縁を重視する価値観が主流となっていきました。

このような視点から見れば、菊理姫をはじめとする縄文の神々も、信仰の対象というより、『魂のパートナー』として私たちと共に歩む存在だったんかもしれません。

そして今、私たちは再び、その記憶を思い出す時代に入っているのです。